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東京工業大学での生活~研究者の道と就職への道~

 ~ 目次 ~

第0章 中野究はどのように自由な暮らしを手に入れたのか?

第1章 東京工業大学での生活~研究者の道と就職への道~ ←今ここです

第2章 なぜ今の会社で働き続けるとまずいのか?

第3章 中野究の地獄のサラリーマン時代

第4章 資本主義社会と情報発信ビジネスの世界

私は東京工業大学の
情報工学科に入学し、

そして大学院に進み、
大学院では社会理工学研究科に
入学しました。

情報工学科とは、ようはパソコンの
プログラミングを勉強したり、
プログラムを作ったりする学科です。

今、世の中にある、パソコンやら
インターネットやら携帯電話やら、
ソフトやら、そういった
便利なものを作り出す
人たちの集まりですね。

なぜ、大学卒業後、大学院では
そのまま情報工学科に進まずに
進路を変更したかと言いますと、

ちょっと恥ずかしいのですが・・・

情報工学に
挫折してしまったのです(涙)。

情報工学科時代、
周りは天才ばかりでした。

授業や課題にまったく
ついていけない上に、
なによりつらかったのは
同級生の専門的でマニアックな
会話についていくこともできず、

友達がまったく
できなかったことです。

そして、そもそもプログラミングに
どうしても興味を持つことが
できませんでした。

当時、「これからパソコンの時代が
本格的に始まる」と言われていた
時だったので、面白そうだと思って
入学したのですが・・・

この時、私はパソコンと一日中
向き合う学問や仕事は
向いていないんだな~と、入ってみて
初めて気がついたわけです。

この大学4年間では、とても
苦い日々を過ごしたわけですが、
ポジティブに考えると、

「あ、私にはプログラミングや
情報工学の道に進むのは無理だ」と、

自分の将来進む道ではないと
確信することができたので、
この大学生活は今思うと
非常にプラスだったと思います。

とはいえ、「プログラミングは
もう嫌だ」と思っても、
卒業しなければなりません。

当時、「退学するのはかっこ悪い」
という気持ちもあったので、
なんとか卒業だけは
したいと必死でした・・・

情報工学に所属しているだけで、
もはや苦痛の日々だったので、
逃げ出したくなる気持ちを
必死におさえ、少しでも
早く抜け出したかったので、

留年だけは絶対に避けようと
思いたちました。

そこで、留年を回避する戦略を
思い立ちました。

それは、

「苦痛だった情報工学の専門科目は
 必要最低限におさえ、代わりに
 単位の取りやすい他の一般教養の
 単位を取りまくって卒業する。」

という戦略でした。

周りの同級生から見ると私の行動は、
さぞ異質だったことでしょう。

「なんで面白いプログラミングを
ぜんぜん勉強しないで、つまらない
文系の科目ばっかり受けてるの?」

って言われましたね。

彼らにとってはプログラミングこそ
一番面白い学問なわけで、
そう思われても、またそう言われても
仕方がないと思っていました。

私は私で、自分としてはごく
当たり前の行動を取っただけです。

そして、みごと留年を回避して
卒業することができたわけです。

この経験から、
人と自分は違うわけで、

「多くの人からなんと言われようと、
自分のやるべき事が明確ならば、
人と違ったことをしても良いんだな」

ということに気がつけたのは、
私にとって、とても大きな
出来事でした。

そして、意外だったのですが、
理系の私にとって、文系の
一般教養の勉強が
とても新鮮で面白かったのです。

東京工業大学って理系専門の大学と
思われていることと思います。

名前の通り、そのイメージ自体は
間違っていないのですが、
これは後で知ったことです・・・

実は、この大学は
理系の先生だけでなく、

非常に著名で優れた文系の先生も
数多く集まっていたのです。

社会学、政治学、経済学、心理学など
その道では知らない人はいない、
というくらい優秀な教授たちが
集まっていたのです。

当時は留年回避という
よこしまな気持ちだけで
授業を受けていたので、
この事実を知らなかったのですが、

後で知ってびっくりしましたね・・・ 

理系専門の大学なのに、
なぜなんでしょう? 

理由は今でも
わからないのですが・・・(笑)。

何が言いたかったかというと、
そんな先生達の文系の授業が
とても楽しかったのです。

勉強自体は昔から好きだったので、
歴史学、心理学、社会学、経済学・・

今まで知らなかった事を
むさぼるように吸収していきました。

特に、「ゲーム理論」という
学問にはまってしまいました。

ゲーム理論とは、その名の通り
「テレビゲーム」を分析する学問、
とかではなく(笑)、

人の行動心理学と経済学を
ミックスしたような学問です。

経済学なので文系の要素が
強いのですが、行動科学に
数学も使ったりして
とても奥の深い学問です。

まあ、ゲーム理論のお話は
ここでは置いておきまして、

あまりにはまりすぎて、
大学院でも続けて学びたいと
思ってしまったのです。

なので、大学院では
「ゲーム理論」を専攻しました。

「ゲーム理論」の考え方は、
ビジネスにも応用できる学問なので、
また折を見てお話したいと
思っています。

さて、大学や大学院を
卒業する段階に入ると、

最終的な進路として

・進学
(大学院修士 → 博士課程 → 研究職)

・就職

の2択が常に提示されます。

私は、大学では進学を
選択しましたが、大学院では
就職を選択しました。

「卒業後は大学に残って
 研究をするか、あるいは企業に
 就職する以外は生きる道は無い」

と進路指導では常に教えられます。

つまり、この時は「起業」
という発想は皆無でした。

大学院に入学したての頃は、
「ゲーム理論」を追求していく研究の
道も面白そうだなと
思っていたのですが、

ある時、
「研究者になるためには?」のような
勉強会があったので行ってみて、
考えが180度変わりました。

そこで言われたことは、
「研究者の道がいかに
(経済面や出世の面で)厳しいか」
ということです。

大学に残って研究をしていても、
まともな給料をもらえるのは
教授か准教授くらいのもので、
それ以外の多くの研究者達は
とても満足できる生活レベル
ではないと言われたのです。

一応、大学での講義などを行うと
給料みたいなものがでるのですが、
ほとんどフリーターと
変わらない報酬で、後は
アルバイトとかをして
食いつなぐしかない
という話を聞いたのです。

ちなみに、有名な大学に
なればなるほど、准教授や教授になる
関門が厳しく、准教授になれるのは
早くても30歳の中盤あたりで、

しかも、なれるかどうかは
運+人脈+実力で決まります。

ドラマの「白い巨塔」や「医龍」を
見た方はイメージがわくかと
思いますが、あんな感じで
准教授選や教授選とかを
やっているわけです。

(あそこまでドロドロしているか
どうかはわかりませんが笑)

准教授になるまでは、
生活をするのも苦しいし、
とても結婚したり子どもを
生んだりできないし、何か副業を
しないと1人で生きていくのも
難しいレベルだそうです。

そしてそもそも准教授以上に
なれるのはごく一握りで、
最終的には「能力」だけでなく
「運」や「人脈」の要素も
入ってくるのです。

これってあまりに
理不尽すぎる現実です。

東京工業大学って、一応、
日本の理系専門の大学では
一番と呼ばれていて、皆猛勉強して
入ってくるわけです。

その上、大学に残って
研究をするとなったら、
研究者になった後も
毎日朝から晩までひたすら
勉強しなくてはいけません。

私が入学した情報工学科も
社会理工学研究科も、

「勉強に命をかける人達が
 集まるところ」

まぁ、悪く言うといわゆる
変人たちが集まるところで(笑)、

基本的に、授業以外は
皆夜遅くまで大学に残って
勉強し続けていました。

他の人よりはるかに勉強して、
努力して、やっと研究者になって、
それでもコンビニと変わらない給料で
中には生活が苦しくて
アルバイトをしている人までいます。

なんと理不尽な現実でしょう。

それでも、研究者を目指す人は
毎年大勢います。

なぜかというと、皆、
「勉強が楽しい」と
思っているからです。

プログラミング言語とかを
見てニヤニヤできる、ちょっと
一般的には理解しがたい
人たちの集いなのです。

「ゲーム理論」の分析や
新しい理論について、
徹夜で語れるような
痛い人たちなのです(笑)。

(私もその一人でしたが・・・)

授業が無くても、
「自主ゼミ」とか言って、
自分たちで勝手に本を
輪読したり、勝手に自分が
やりたい研究をしたり
していました。

それくらい、勉強するのが
楽しいと思っているのです。

私も、なんだかんだ言って、
新しいことを学んだ時とか、
分からなかった理論を解明できた時は
気分が良かったものです。

しかし、年齢が上がるにつれて、
経済的なことを考えてしまう
ものですし、進路のことも
現実的になってきます。

先ほどお話した勉強会では、
最後にこんなことを言われました。

「研究者になるための最大の壁は
経済面です。はっきり言って
研究だけでは食べてはいけません。
これを解決するには、

1.副収入を得る
2.お金を稼いでくれる人と結婚する
 
 この2通りの方法しかありません。」

こんなことを言われたら、
だんだん皆不安になり、

「やっぱり就職しとこう・・・」

ってなるわけです。

それでも、夢を追いかけて
研究の道に進む人は、
私は素晴らしいと思います。

お金が無くても、

自分が本気でやりたいと
思ったことを仕事にできる人は
幸せです。

この世には4種類の人間がいます。

1.好きなことを仕事にして、
  経済的に豊かな人

2.好きじゃないことを
  仕事にしているけど、
  経済的に豊かな人

3.好きなことを
  仕事にしているけど、
  経済的には豊かではない人

4.好きじゃないことを
  仕事にしている上に
  経済的にも豊かではない人

私は、幸せレベルとしては、

1>>>>>3>>2>>>>>(壁)>>>>>4

だと思っています。
(完全に私の主観です。)

2の人は、仕事以外に
幸せを見つければいい。

あるいは、副業で成功してから、
今の仕事をやめることを
考えたら良いでしょう。

4の人は、今すぐにでも
人生を変える努力を
本気で考えた方が良いです。

そして、私としては、
やはり1を目指したかったのです。

それを考えると、研究の道は
とても厳しいなと考え、
就職することを決意しました。

それからというもの、
私はとにかく色んなことを
勉強しました。

今もそうかもしれませんが、
私の頃も就職氷河期だったので、
就職することが大変で、
あせっていた・・・ 
という背景も手伝いました。

「教養を身につけた方が良い」と
両親から常日頃から
言われていたこともあり、
大学時代、大学院時代と
専門分野・一般教養と
数多くの学問を学び、
単位を取りまくりました。

それから、バイトもしていました。
「バイト経験があった方が
 就職に有利」
ということを聞いたからです。

卒業に必要な単位を
取り終わった後は、
1週間ほとんどずーっとフルで
バイトした時期も多かったです。

土日は朝から晩まで
工場の派遣か引っ越しの
肉体系のバイト、空いた時間は、
地元の本屋さんのシフトに入り、
それ以外は家庭教師をしていました。

会社のインターンも
何社か受けましたね。

当時、使うことも特になかったので、
別にお金に困ってたわけでは
ないのですが、ひたすらロボットの
如く働き続けていました。

この時は人生で一番、肉体的に
頑張っていた時期かもしれません。

しかし、後から分かった
ことなのですが、バイトをしたり、
色んな勉強をしたからと言って、
就職にはほとんど
意味が無かったです。

関係無い職業なのに、
心理学や経済学を学んだところで
どうするの?って感じです。

しかも企業からすると、
大学の勉強を重視していない
会社が多く、勉強したから
だから何なの?って感じです。

しかも、バイトを死ぬほど
頑張ったからと言って、他にも
バイトで頑張っている学生なんて、
たくさんいる訳で、
目立つ存在にはなれないのです。

ものすごく極論かもしれませんが、
会社からしたら、最も必要な人材は、
自分の担当する仕事を
指示通りにこなせる人間です。

「色んな勉強をしてバイトも
頑張って、色んなことを
万遍なくこなせます!
何でもできます!」みたいな人は、
結局どれも中途半端にしかできない
って思われるだけです。

これも極論かもしれませんが、
大学で学んだことなんて
就職したら何の役にも立ちません。

役に立つ部分だけなら、
会社に入ってから1カ月本気で
勉強をしたら余裕で手に入ります。

結局、

「きつい仕事でも文句を言わずに
 真面目に淡々とこなしてくれる
 優秀なロボットのような人間。」

これが現在、一番会社で
望まれている人です。

あとは、
「コミュニケーション力」と
「問題解決能力」がある人ですね。

学歴だの、勉強だの、バイト経験だの
うわっつらの肩書なんてものには
何の意味もありません。

中身が無いのに、そういった実績や
肩書きだけで勝負する人間は
「しょーもない」と
思われるだけです。

・・・と、これは自分が
「雇う側の人間」になってはじめて
気がついたことでした。

さて、こんな風に研究職を断念し、
就職の道に進み、サラリーマンで
一生を終えようと考えていた
私ですが、なぜ会社をやめて
独立することを決意したのか。

興味があれば続きをお読み下さい。

第2章 なぜ今の会社で働き続けるとまずいのか?